勤め人とフリーランスの借金

JUGEMテーマ:資産運用

 

「借金」

金を他人から借りることであるが、そのネガティブな意味を薄めるために商人は慣習的に横文字を利用する都合上、これを「ローン」とか「リボ」とか「キャッシング」と呼ばれる。

 

社会人になるり勤め人になると、一般的にこの「借金」が容易になる。金融機関は「信用」という都合の良い呼称を利用し消費者を奉っている外観を呈する。貸金も所詮商人であるがゆえに、お客様を奉るのは商売の一環なのである。

 

考えてみると「信用」というのは物的担保以外に、借入金を返せるあてのことであり、当事者になにか不穏なことがあった場合でも確実に回収できる可能性が高いと判断された顧客程この「信用」という呼称の、回収可能性が高いと金融機関に判断され、より沢山、長期の借入れが可能となる。

 

しかし、誤解してはいけないのだが、この「信用」が高いということが、当事者の社会的ステータスであるとか世間的な地位の向上であるとかいう考えは捨て去ったほうがいい。そういうイメージを抱かせるような広告や言い回しを金融機関はしてはいるが、それは単に、利益を享受する側の商売上の都合であり利益を失う側の消費者のメリットはない。

 

歴史的に見て、借金は貧民を債務奴隷化して隷属させる手段となる場合が多い。その結果、田畑を失い、娘を売り、全ての財産を失った挙句小作化するのである。小作化した貧民はさらに地主に地代を搾り取られ際限なく貧困化(というより奴隷化)が進行する。

ヨーロッパで言う、農奴はこれよりさらに、教会に10分の1税を徴収される。荘園の場合には荘園領主と、当時ヤクザみたいな武士との両方に年貢をむしり取られる(日本の場合には宗教組織からの強制的徴収は歴史の教科書にはないようだ)。

 

そういうわけで、借金というのは、結果的に物理的移動の自由を制限される拘束性を伴う(貸金業者の債権回収のため)場合があり、それをもって、ヨーロッパの農奴制に似た様相を呈すことがある。ちなみに、農奴の場合には教会からの徴収も伴ったからもっと悲惨であるが。日曜日は教会へというのは、信販会社への週一の借金返済の目途の連絡と同様であると感じるのは自分だけかも・・・。

 

前置きが長くなったが、

「信用」なんでゼロのほうがいいってことである。

借金がそもそもできなければ、債務奴隷化する可能性がない。努力せず、手近に金が手に入るとなれば、だれしもその欲望に抗うのは相当な意思の強さが必要である。それはお腹が空いたときに、面前の茶碗の飯に手を付けるなと言っているのと同じである。

だから、そもそも借金ができないほうがいい。そういうわけで「信用」がついてしまう勤め人はやらないほうがぞもそも良いと感じるのである。

 

70年代のスピーカーシステム

JUGEMテーマ:オーディオ

 

 

70年代のマルチ型スピーカーシステムについて、

 当時の物価価値から言って、今の金額では大変高価になる物量が投入されたスピーカーを中古で買うのは魅力的な選択である。

(だからといって、最新型のような反応の良さやワイドレンジを求めるのはそもそも誤りである)

でも、問題は外見からは判断できないネットワークユニットである。まず100%電解コンデンサを利用したネットワークは腐っている。

 一部の中古屋では完全に腐っているネットワークが入ったスピーカーを正規中古品として販売しているのは、音出ししてないか、店員の耳が腐っているか、バイトが適当にやっているからに違いない・・・。

 

 

↑ ONKYO製ネットワーク

 

↑ 2.2μFのチューブラー型電解コンデンサが8.71μFになっている

 

設計誤差を超えた部品が入っているスピーカーが良い音がするわけがないので、結果、高音ばっかりキンキンがなり立てる古臭いおんぼろスピーカーにしか見えないのである。

そして、「やっぱり古いスピーカーよりも新しいもののほうが性能がいいんだね!」というふうに妙な納得をしてしまう。

 

↑ 改良ネットワーク

 

そういうわけで、コンデンサと抵抗と配線をオーディオ用高品質なものに変更してみる。

(実は分流用アッテネーターの抵抗も変えてあるのであるが、これの効果は微妙か・・・)

・電解コンデンサ→オーディオ用フィルムコンデンサ

・セメント抵抗→オーディオ用無誘導巻き抵抗(電磁誘導が発生しないように互い違いに電線を巻いてある抵抗ー磁界を打ち消す)

分流用抵抗でなくツイーターへの直列抵抗なのでここに特に良い抵抗を入れると耳でわかるくらい音質が変化する。

 

そうすると、ガラリと音質が変化するのが体感できるのである。

本来持っていた性能が賦活し、デカいだけのおんぼろ70年代の置物は、費用対効果の高い音響装置に変化する。

 

やはりマルチ型や大型スピーカー(特にホーン型)のように、物量を投入するとどうしてもコストがかかるのである。これは、デジタルアンプや小型スピーカーではどう頑張っても到達しえないオーディオの境地なのである。

 

何故オーディオは置物になるのか

JUGEMテーマ:オーディオ

 

「何故オーディオは置物になるのか」

これは、花瓶や絵画のような置物としての価値を言っているのではなく(一部のJBLスピーカーは置物の価値があるらしいが・・)、音を聞かせる道具として価値が無いから結果的に置物になっている状態のオーディオを言っている。

 

理由は

「つまらない音しか出さないから」

 

多くの家庭でオーディオは単なる置物である(結果的に)。

しかしながら、一部のオーディオマニアはそれに大金を費やす。

 

何故であろうか。

 

それは

「音が良いから、もっと良い音が聞きたいから」

である。

 

60年代のJAZZを5.1chオーディオシステムやミニコンポで聞いてみればその理由はわかるのである。

Mils Davis だって Jhon Coltrane だって

「はっきり言って、いらいらするくらい、つまらない演奏である」

アナログ録音の雑音はジャージャー言ってるし、ハイハットの音ばっかりシャラシャラいってるし、ラッパの音はなにやら蚊の羽音がデカくなっただけなのである。

 

ホーンスピーカーは糞だ! 最近の風潮である。

たしかに、ボーカルは艶っぽくないし、オーケストラは細やかさを鳴らせることができない。

(そういうのが好みの人は単にDIATONEにすればいいだけである)

さらには甘いチェロやバイオリンも全くダメ

(そういうのが好みの人は、VictorのSXシリーズのがいいね)

しかし、60年代のJAZZを聞いてみると、ホーン型スピーカーは単なる骨とう品まがいの置物ではなく、最新のコーン型スピーカーより、ぜんぜん活けてる代物であることがわかる。

 

↑70年代のホーン型スピーカー(大阪ONKYO製)

 (ネットワークは腐ってるんで代えてあります)

 

これが、70年代のホーン型スピーカーで60年代のJAZZを聞くと、濃密な演奏空間がが生々しくよみがえるのである。

ネットワークもアナログ録音向きになっていて、抵抗がツイーターに対して直列に入っていてアナログ録音特有のジャー音もほとんど気にならないという工夫もしてある(直列抵抗はセメント抵抗から1個1000円以上するオーディオ用無誘導巻き抵抗に交換済みではあるが)。

出来合いの、安物オーディオで聞いてしまうと、古臭いアナログ録音で、やっぱり音が悪いのかと思いきや本当は当時の録音技術でもよい音で、さらに素晴らしい演奏が録音されているのがわかる。やっぱり世界随一のJAZZ演奏者なのが理解できる。

 

しかし、音が悪いのになんで、多くの人がAVシステムやオーディオに手をだしてしまうのであろうか・・・。

これは、商業性の悪弊である。

安物オーディオは一見音が良く聞こえるのである・・・。低音と高音をブーストするような音出しをする調整をしたスピーカーとアンプを使っているものだから、普段聞いたことのないような非日常的な鮮烈な音がするのである。だから素晴らしい音質であると勘違いして買ってしまうし、Webでの評価も購入直後の評価がほとんどだから、感動冷めやらぬうちのコメントは良い評価ばかりである。

 

しかし、購入してから半年も経つと置物になるのは、本当は音が悪いからなのである。

 

↑デジタルアンプ+ネットワークのAV用オーディオキット

 

購入当初は良かったが、

なんか、だんだん疲れるAVシステムの音は、わざわざ電源を入れる手間さえ億劫になって、単なる置物か子供のゲーム用になってしまってないでしょうか。

そう、この手のシステムは、確かにゲームには非常に向いてます。鮮烈な音がでる調整をされたAVシステムはゲームの臨場感を高め没入度が上がるので、非日常の感覚はおのずと高まるからです。

でも、朝のニュースをAVシステムで聞くなんて、考えられないのは何故でしょうか。それは、疲れる音しか出さないからです。だから、それは単に音が悪いからなのです。

 

インターネットの匿名性は2

前回既述したように、インターネットの匿名性はとっくに無くなっているに近いのだが、これに関連して、個人情報の実質的本人承認なしでの、商人による無断利用は、法律的にどう考えるべきであろうか。

日本国は民主主義法治国家であり、法的根拠がなければ公にその論拠が正当であるとは言い難い。

 

ここで持ち出す法的根拠は、「財産権」という、一番強い憲法である。

法を学んだ者であれば周知のことであるが、一般に法律といっても、強さが色々あるのである。

簡単にいえば法律の強さは以下の通りとなっている。

「憲法」>「法」(日本国法)>「内閣法」(政令)>「行政法」(施行令・施工規則)>「地方自治体法」(条例)

 

例えば、憲法が一番強いために、施行令や条例の街づくり計画で、問題のある宅地建物であっても、その財産権を犯すことができないために、通常は使用禁止命令を行政が出せないことは、宅地建物業界周知のとおりである。

 

そういうことで、個人に直接結びついている個人情報というのは、明らかに個人の財産である。それも、当事者が勝手に大事に思っている「思い」ではなく、市場において金銭によって取引が可能な個人情報であれば、さらに明確な財産である。

 

この、財産を個人の承諾なしに他人が勝手に商業的利用・売買等を実施するというのは、個人情報の保有者である本人の財産権を侵害しているということができ、基本的人権や戦争の放棄と同列に並ぶ財産権という憲法を犯している重大な憲法違反なのである。

 

そういうことで、悠長に憲法第9条を語るより、急速に拡大するネット被害から、早急に個人の財産権の復旧に対策を打つべきなのである。

 

宅地建物取引士 YCS

インターネットの匿名性は

質問

「インターネットは匿名性の高いメディアである」

 

A.はい

B.いいえ

 

上記のような質問があるとする。

答えはどっちであろうか。

 

5年程前まではAで間違いがないと思われるが、現在はBである。

過去は研究者やアメリカ防衛関係省庁が利用する一部の者だけの自遊空間であったのであるが、

または、30年程前までは、一部のパソコンマニアと呼ばれる層が、当時「パソコン通信」と呼ばれる方法でニフティーなどのプロバイダーを利用して小さなコミュニティーを形成していた。

その頃は、商業的な利益を目論む商人からは注目されていなかったが故に、ある意味安全で匿名性の高いメディアであったと言える。

 

ところが、匿名性が高いが故にSNSサービスやゲームなどのコミュニティーサービスによる個人情報の漏洩や特定機関への偽計業務妨害(流言の流布)もまた、可能になった。このころは、SNSは吐きだめ(いわゆる現実界のガスぬき装置)(SNS吐きだめ論は作家 開沼氏より) として広く一般に普及したと言える。

 

が、一方海の向こうアメリカではSNAという秘密情報機関(当時は非公開組織)により、着々とインターネットを利用した自動情報収集の仕組みが構築されていたのである。

 

これを可能にしたのが、光ファイバー普及による世界中の情報流通である。この光ファイバーの通信は約9割が米国を通過すると言われており、いわば、米国はインフラ的にそこから情報が取り放題なのである。

これと、Google等による、IDの紐づけにより、インターネット上に発信された情報は、いとも簡単に特定の端末(個人)に紐づけられる。

米国大統領が一時は承認した、コンピューターへのSNA製クリッパーチップの必須化(その後ビル・ゲイツ氏により排除)もその一環であり、全てのコンピューターから、SNAが情報を抜き放題な状況を米国が作り出そうとした。

 

さらには、昨今はもっとこの匿名性が侵されており、企業による個人の(実質的)承認なしでの情報取得及びその商業的利用や、無料アプリケーションに忍び込ませたスパイウェア、SNSやゲームでの発言まで調査する商業的調査機関の存在がある。

 

個人情報は現実的には金になる情報であるのであるが、その情報が勝手に商人に利用され放題になりつつあるのである。

これは、棚に並んだ商店の商品を勝手に盗んだと変わらない。なぜなら、それは売り物になる(値が付く)事物だからである。よこしまな言い方をすると、高く売れる女性の体を無料で触ったのと変わらない。なぜなら、それは消費なくしても、金銭をもって売れるからである。

 

ということで、ネット世界の匿名性なんてものは、もう、とっくに無くなっていると認識したほうが安全なのである。

 

JASA認定情報セキュリティー監査アソエイト YCS

 

 

コンビブレーキの稼働率

前回に引き続き、HONDAのコンビブレーキの不要論であるが、

 

本来1本のブレーキワイヤーであった個所をコンビブレーキにすると、部品点数が1→12点と相当数部品が必要となる。

これの内訳は以下の通りである。

ブレーキイヤーx3

ボルトx3

ケースx2

カラクリx3(コンビの箱の中のばね等)

アジャスターナットx1

 

これの稼働率を仮想的に計算してみることにする(品質が大変良いと仮定して)。

可動部分(ワイヤーとカラクリ)の稼働率を

0.99999 (十万回ブレーキを握ると壊れる)

とし

非稼動部分の稼働率を

0.999999 (百万回ブレーキを握ると壊れる)

とする。

 

そうすると、計算式は以下のようになる。

0.99999^6 * 0.999999^6 = 0.99994 *  0.999994 = 0.999934
 

比較してみると

ブレーキ1本の時の稼働率 0.99999

コンビブレーキの稼働率  0.999934

 

.... はい、良くわかりませんね!

 

ということで故障率のパーセンタイル表示にしてみます。

ブレーキ1本の時の故障率 0.001%

コンビブレーキの故障率  0.0066%

 

.... はい、まだ良くわかりませんね!

 

というと

1 / 0.000066  ≒ 15151

ということで、コンビブレーキは

1万5千151回ブレーキを握ると確率的に壊れることになります。 

 

ブレーキワイヤー1本の故障確率 10万回に1回

コンビブレーキの故障確率 1万5千151回に1回

 

うーん、いいのか悪いのか微妙なところですね。

バイクの新車から廃車まで、何回ブレーキを使うのか統計が公表されていませんので、製品寿命までコンビブレーキの耐久性が保てるのか、微妙なところです。

 

まあ、壊れないとバイク屋が儲からないから販売側としては問題ないのでしょうが、

いかんせん、昨今のHONDAの品質は20年前に比べてかなり低下している感じがします。壊れないことで知名度を上げた日本のモノづくりが、最近では大変劣化してきたのは残念なことです(ドリーム店謹製 中国製LEAD110は3年もたずして廃車しました)。

 

(工場出荷時の部品不良品率がわかりませんので、あくまでも推論です)

 

BENLY110 コンビブレーキ完全解除

HONDA車の最近の原付には、前後連動ブレーキシステム(通称:コンビブレーキ)が搭載されています。

これって、(前)7:3(後) の理想的な割合のブレーキングを保つためにリアブレーキを握ると同時にフロントブレーキに制動力が働くようなカラクリが搭載されています。

 

で、本当にこれっていいのであろうか・・・。

はっきり言って、荷物を積んだ状態のBenlyはブレーキが効かない。正直、危険なくらい効かない。フロントディスクにしないと危ないよう・・・このバイク・・・とか毎日思うくらい、全く使えないブレーキなのである。

 

そこで、コンビブレーキを完全解除(リアブレーキワイヤーを直接ブレーキレバーからリアブレーキドラムまで接続する、すなわちブレーキのジャンクションボックスは撤去してあります)して、純粋にリアのみブレーキングしてみると、リアデッキに箱を積んだ状態では、フルブレーキングで試行してみると、制動力はリアのが高いことがはっきりとする。すなわち、Benlyはリアにある程度の荷物を積んだ状態であれば、リアブレーキのほうがフロントブレーキより役に立つのである。

 

そういうことで、おせっかいな7:3の割合で作動するブレーキシステムは、後部に何も載せない状態であればそこそこの働きをしてくれるらしいのであるが、商用車であるBenlyはそもそも、そのリアデッキの低床と大きさにみられるように、荷物を積んで走行するオートバイであるにもかかわらず、そのブレーキング性能はコンビブレーキのせいで大きく阻害されているのである・・。

(リアブレーキ単独のほうが、フロントブレーキ単独よりも、初期ブレーキングから停止までの距離が、はっきしいって短い)

 

でも、リアブレーキをフルブレーキングしたときのリアブレーキの利き具合はコンビでもダイレクトでもいっしょでしょ?という疑念が生じるかもしれないが、フロントカバーを外して、コンビのジャンクションボックスの蓋を外してから、リアブレーキをかけてみれば、その欠点が明確になる。すなわち、ワイヤーをダイレクトにリアブレーキまで直結させた時は、ブレーキレバーの開度が開けば、正直にその分だけブレーキワイヤーが引っ張られるが、コンビの場合は、天秤みたいなブレーキ分岐バーの構造上、リアブレーキの引き具合が初期はゆっくりとして、最後にドバっと引き具合全開になるという具合である。

 

「言ってみれはいわはインチキABSである・・・。」

 

しかし、ダイレクト接続にて、リアに約10KGの箱を積んで、純正タイヤを利用し、晴天の日に、通常路面にてリアをフルブレーキングさせてみても、このバイクのリアはロックしない。

だから、荷物を積んだ状態では、コンビブレーキは制動力の妨げにしかならないのである・・・。

 

そこで、商用車の走行の安全のためにコンビブレーキ解除方法の公開である。

 

↑ HONDA純正 ズーマー用 リアブレーキケーブル

 

はい、ケーブルは安全のためにHONDA純正です。DIO用と迷いましたが、短いよりは長いほうがマシと思いズーマーのリアブレーキケーブルを採用しました(7cmくらい長めかな)。

 

 

↑ 小細工を弄した、疑似コンビ解除方式(フロント側にナットを無理くり詰めて、フロントブレーキキャンセルをしてます)

 

上記のコンビブレーキのジャンクションボックスは完全撤去します。

部品点数は少なければ少ないほど、全体の故障率が低減します。

部品の稼働率(故障しない可能性)*部品の稼働率 = 全体の稼働率 の公式からみても明らかです。

 

※ 例 : 0,9 * 0.9 = 0.81 ← すなわち稼働率0.9の部品を2点使用する製品の稼働率は0.81になるのです。

(正当化のために理屈こねてるだけなのであまり気にしないように)

 

↑ 完全撤去したところ(純正でない配線もありますが気にしないように)

 

しかし、大きな問題はブレーキケーブル末端のブラスチック製のタイコカバーでした。

何故か、BENLYの電気系統は、リアブレーキケーブルが絶縁されていると途切れるのです・・・。

ブレーキケーブルの張力が維持されていて、通電可能な状態であれば、電気系統は維持されますが、リアブレーキケーブルが絶縁されるとエンジン停止します。

これってワイヤー断線時の隠れ安全機能なのでしょうか、まったく謎です(自分だけでしょうか)。サービスマニュアルにも書いてません。

 

 

プロ論

プロとは何なのか?

これについては、人によって内心の定義が異なるのであるが、

当方の定義は以下である。

 

「プロとは当該技能について自らの限界を知っている者である」

 

素人は、自らの限界を知らないがゆえに、失敗する可能性があったり、無謀なことをしたり、大風呂敷を広げたりする。

そうすると、儲けを目論んで仕事をするが、逆に失う金銭のが多くなってしまったり、請負物が完成できなかったり、完成したとしても当初の予定から遅れたり、または相手が期待するレベルに納品物が到達していなかったりする。

 

そうすると、儲からない。だから仕事にならない。だから素人なのである。

 

客からの要求に必ず「YES」と言えという会社を散見する。特にシステム系ではそうである。

多くのシステム会社が、当初は請負を目論んで起業したが、結局は実質的人材派遣業になってしまったのはそういうわけである。

要するに「システム屋として儲からない」のである。

営業的にYESは顧客に対して絶対であったとしても、技術的・マンパワー的にはそれに対応する資源を保有している裏付けがないため、企画的に張りぼてになって、赤字を垂れ流し結局儲からない。そういう大手さんの要件定義書をよく見たものである。

結果的に実際出来上がるものは、修正だらけのスパゲティーソースコードと後付けで納期直前に作成された、コードとはかけ離れた膨大な設計書なのである。知らぬは客だけ・・・、設計書は数百万(まあ、卒論と同じでとりあえず沢山書いておけば、めんどうくさいので細かいとこまで見ないからな)。

 

そういう会社は、営業屋さんであるがゆえに、人材派遣は得意だが、システム屋さんとしては素人さんなのである。

 

実際、実に多くの会社が、技術の看板を掲げるだけの営業屋さんなのである。特にシステムと建築はそうである。

 

理想と現実のお話でした。

 

クランクシャフト回りの異音

JUGEMテーマ:車/バイク

 

 

クランクシャフトの異音。

低排気量のオートバイなら、買い替えたほうが安くつくので廃車になるような故障である。

 

走行距離約8万KMのスクーターのクランクシャフト回りに異音が発生していたのだが、

まるで、ポンコツトラックのようなゴーという低音とプラスチックが間欠的にシャーシャーいう音が症状である。

 

ポンコツトラック音はクランクシャフトサイドベアリングの交換にて音が無くなったが、残りはプラスチックがシャーシャーいう原因不明なクランクシャフト近辺の音である。

 

Webを調べても、このような音の原因は一向に検索できないため、公表してみる。

 

車種HONDA小型スクーター。

 

1.原因

 オイルポンプギアの設置不良

 

 当該オートバイのオイルポンプのギアにはプラスチックが使用してあり、それが間欠的にクランクシャフト側から出ている歯車と不良接触を起こしていたため異音が発生した。

 

 これは、メーカーの整備書を詳細に見ないと、まずもって(悪ければ一生)原因の判明が不能です。WEBにも原因が載ってないので、経験と手探りだけではまず原因発見はムリ。

 

 

↓ オイルポンプ部の軸受け部品1

 

 

↓ オイルポンプ軸受け部品2

 

さて、どこが違うでしょうか。

 

 

↓ 歯車軸設置状態1

 

↓ 歯車軸設置状態2

 

オイルポンプの軸受け状態が1だと、軸が奥まで入りません。

2だとしっかり奥まで入ります。

 

この軸受けは、扱いにくく、重力の法則で内部の刃がすぐに下に垂れてくるので、気づかないうちに、軸が途中までしか差し込めない状態になってしまいます。なので、マイナスドライバーで内部の刃を戻してやってから、それがまた落ちてこないように、オイルか何かを塗っておいて、ソーっと扱わないと、軸が奥まで入らないという、センシティブな代物だったのです。

軸が奥まで差し込めなくても、オイルポンプの蓋はしっかりと閉まってしまうので、設置不良に気づかずに組み立ててしまうのです。

整備書を精緻にみてみると、ここの取り付け部の注意が書いてますが、単に外した方法で取り付けるのであれば、まず設置不良が起こる代物である。

 

エンジンをいじるには、

必ず必要なもの、メーカーの整備書、パーツリスト、経験、適切な工具、カン、運、慎重さ、精緻さ、環境、それなりの金 といったところでしょうか。

 

今回の整備では、Lクランクケース、クランクシャフト、クランクシャフトサイドベアリング、ファイナルリダクションベアリング全て、ピストン、ピストンリング、ガスケット・Oリング類(該当箇所) の交換でしたが、手間と費用を考えるのなら、まあ、普通の人は新品を買い替えたほうがいいでしょう。

 

自分で整備したい人は、別

 

自然公園法と「きょうか」合宿

 

自然公園法 第一条

 

この法律は、優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び「教化」に資するとともに、生物の多様性の確保に寄与することを目的とする。

 

要するに

 

若い時は「強化合宿」

おっさんになったら「教化合宿」 する場所

 

それが、自然公園の目的である。

 

20年ほど前に流行った会社の管理者(部長とか課長)用の合宿があった。いまでも企業研修のセミナーとかありますね。

 

名称 「富士山麓地獄の特訓管理者養成講座」

 

はい、法律に詳しい人なら知っていますが、自然公園法にて規定される公園とは、国立公園や国定公園のことです。その違いは所轄官庁の違いであります。また、市区町村や都道府県の管理する公園は基本的に自然公園法の目的とする公園ではありません。

 

富士山は国立公園・国定公園の類のため、教化(洗脳)を目的とする各種イベントが法律にて担保されているわけです。

 

法律は知らなかったことが許されないという性質の決まり事( 法の理念→ 法はその不知を許さず )です すなわち 「よらしむべししらしむべからず」(徳川家康)の伝統的基本理念が底流にあります。これは、岩波文庫創始者の「読書子に寄す」の名文からも暗喩的に見て取れます。(興味がある方は、緑の表紙の岩波新書巻末をご覧ください)

 

以上、ためになる作文でした。