柔剛2

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「柔よく剛を制す」

この言葉は日本人一般の世間で認知されている。

 

元々は、中国の武系七書の言葉であり、全部書くと以下になる。

「柔良く剛を制す、剛良く柔を断つ」

 

さてさて、柔剛どっちがいいのであろうか。

 

柔道をやっている人は、この言葉にほくそ笑むのであろうが、

本当の意味での白兵戦(白刃ー即ち刀槍の世界)では、全く当てはまらないのである。

※機動戦士ガンダムのホワイトベース内作戦では、ブライト艦長が「白兵戦」をのたまっているが、あれは銃撃戦である。

 

戦国一の実践的剣術は、薩摩の示現流である。奇声を上げて、全く防御を考えず腕力で上から叩き切る。単純明快腕力の技である。速力は筋力と比例するのはスポーツ界の常識なので腕力に裏づけされた速力で振り回される剣術に他の剣術は実戦(合戦)では太刀打ちできなかった。

また、「仏を殺して仏になる」と言った最強の剣術家宮本武蔵も、巌流島では、単に腕力にものを言わせて船の櫂で、佐々木小次郎を遠距離から撲殺している(まあ汚いよな・・・あの頃は剣術家の敗北は死を意味する「死合い」なのだ、勝敗に綺麗ごとはない)。武蔵は片手で剣を扱えるほどの人並外れた剛腕であり、二刀流なんぞ普通の人には不可能なほどの腕力なのである。

そう、単に白兵戦は「剛」の技である。張飛最強なのである。

(※ちなみに武蔵は頭も良くて、衰えてきたことを自覚したら全く死合いをやらなくなり人生を全うした)

 

では、何故冒頭のような言葉が存在するのであろうか。

多くの人は原典を知らないが故の、誤解が存在するからである。

 

原典は、柔道ではなく、中国春秋戦国時代の古書なのである。

諸子百家、すなわち、弁説をもって官吏登用が盛んであった中国の時代、多くの弁論家が諸侯に対して、国家存続発展の方法を弁説でもって説いたのであるが、その一説がこの「柔良く剛を制す、剛良く柔を制す」の言葉なのである。

であるからして、肉弾戦での闘争に対する言葉ではそもそも無く、国の存続発展のための政治的な言葉なのである。

 

続きがあって、「剛強ならば必ず滅ぶ」とある。

これは、白兵戦では全く当てはまらず、国の政治において適応すべき言葉であって、悪い言葉でいえば匹夫の勇は、剛強であればすわなち勝利し生き残るのである。

 

「技は力の中にあり」これは正しい。

 

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