人柱と農村の労働力

昭和60年代の公立小学校では、給食の時間に日本昔話が放送室から放送されていました。

 

昼食を食しながら聞く、その内容は、「人柱」物語が多かったのを覚えています。

 

「人柱」とは、天災や飢饉の際に(それは大地や神の怒りだと考えれていたーすなわち原始宗教;アニミズムですー宗教学より)、神の怒りを鎮めるための、「若くていいい女」のことです。

 日本民族は、やはり昔からロリコンだったらしく、神は12−16才くらいの処女の少女がお好みの人柱として、好まれていたように、放送局から放送されるさまざまな昔話の数から想起できました。

 神に人柱をささげる方法としては、笹川会長の海底村方式に近く、生きたまま沈める・・・とか、生き埋めにする・・・とか、全く2000年代に放送したら、放送禁止になるようなことばかりしていたようです。

 そんな放送を聞きながら、毎日給食を食べていると、あまり気にならなくなるのも不思議なものです。

 

 それはそうと、昔は当たり前のように思っていた(子供のころから聞いていたので)そのような、事柄も、今考えると、相当残忍なように思われます。

 さて、何故そのような「残忍」な方法にて、少女を殺さなくてはならなかったのでしょうか・・・。

 

 昔話の時代は、たいていが、戦国時代〜江戸時代(西暦1500−1700年くらい?)が多いですが、そのころの、食糧生産量と婦女子の価値や数を考えると、それが解けます。

 要するに、農村においての婦女子の価値は、食糧生産高にあまり結び付かないため、「無駄飯食い」と判断されたのです。

 さらには、いい女であればあるほど、それを嫁にしようとする男の争いは「激化」します。

 すなわち、いい女がいると、無駄飯食いだし、村の男どもが争って、農事をほっぽらかすため、農村の生産高が下がり、お代官様に庄屋さんがこっぴどく怒られるという事情があったと想定できます。

 

時代が変われば、価値観も変わる、時には180度も変わることがある。

そう考えると、李氏朝鮮の農村における、慰安婦問題もどうしてあれが、どっちかというとその家族が喜んで送り出したような・・・、蛮行ではないのかが自然とわかると・・・。恨むなら家族を恨むのが筋なような・・・。

 

みたいな感じです。

 

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