論理的不整合による教化

JUGEMテーマ:心理学

 

論理的誤謬(不協和のが有名か)。認知心理学で使われる用語である。

要するに、現実にそぐわない思考様式のことである。(詳しく知りたい方は関連書籍参照)

 

今回は、論理的不整合を誘う論理を敢えて論理的の中心にして話題にすることにより、相手を納得(というか反芻できない状況にして教化する)手法の話である。

 

参考文献は、「最終戦争論」石原莞爾著。である。

 

石原莞爾は関東軍にて満州事変を主導したということで、一般的に悪人とされているが、参謀としては東京上空の防衛が全く不可能なことを察知していた、秀才であることには違いない。で、書籍最終章をみると、日蓮宗の論理を展開して、記者の質問にたいして、宗教論理で回答している部分がある。

これを見ると、一般的に利用されている常識や科学的論理に対して、絶対から生まれる宗教理論を展開されると反芻不能になることがわかる。何故なら、絶対から生まれる理論は、同様に絶対に正しいという世界のお話なので、その論理世界内に生きている者はもとより、ほかの論理的思考世界に生きている者も別次元の論理に対して、歯車が食い込むようには反芻ができない。行ってみれば、つるつる滑る球面に対して、歯車を食い込ませようとしても、球面はうまく回ってくれないのである。

 

結果として、よくわからないけど、「うーん、そうだね」と思ってしまうのである。

 

もっと、身近な例として、

人気のポッドキャスト「バイリンガル・ニュース」の最新のお話、384.特別編「ヨガマスターの話」を聞いてみよう。

 

マミもマイケルも、インテリと評して良いほど、さまざまな事象の造形が深く、特にマミは心理学に造詣がある人物である。

しかしながら、怪しいネパール人のヨガ話に、よくわからないながらも「うーんそうだね」という感じで英語で反応している。

言葉のトーンを聞けば、本当に心から理解しているのか、頭で上っ面で納得しているのかがよくわかるが、この場合は、石原莞爾の理論と同様の展開(すなわち宗教的論理)であるから、現実界の論理しか知らない者に対して、まったく別次元から反芻不能な論理を展開している、だから「ふーん」となるのである。

具体的には、宗教的世界観を付与されたヨガとフロイトの心理学を織り交ぜた論理展開であるが、フロイトは現代心理学では宗教と揶揄されて科学的治療価値は他の手法と比較してはるかに劣るのである。要するにほぼ100%宗教のお話なのであるがこれに気付かないから「ふーん」となるのである。

 

すなわち、この場合は、おとぎ話を聞いているにすぎないから、そのように対応すればよいのであるが、「権威」というものを付与されたものが、このような論理展開をすると、頭でっかちなインテリほど真面目に反応し納得してしまうのである。

その意味では、オーム真理教も同様のインテリにたいする教化手法を展開していたのであるが・・・。

 

悪には悪の考え方を知るものでないとその試みの根源はわからないものである。というか本当の頭の良さとは勉強ができることだけではなく、思考回路や考え方の多様さも含まれるものだと思うのである。