電気の神

JUGEMテーマ:オーディオ

 

著者は電気屋でもある。

電気屋の神はなにであろうか・・・。

電球を発明した「トーマス・エジソン」かもしれない。うん、確かに蒸気機関を発明して産業革命と機械化文明の基礎を作った「ワット」よりは、適当かもしれない。

 

いや、しかし著者は仏教徒だから基本的にアニミズムの信奉者ではないし、物理を考えると、「銀」が電気的特性に優れているのである。伝導効率は銅より優れ、かつオーディオマニアの憧れである「銀線」の元である。

(ちなみに、温度を絶対零度にすると、銅でも抵抗値が理論的にゼロになるからこれは常温での話である)

 

そこで神棚を作ってみた。

 

お札は、あの有名な、京都銀閣寺である。

実は当時は金より銀の方が価値が高く、完成していれば相当の価値だったに違いない。

お隣の中国ではヨーロッパまで勢力を拡大したモンゴル帝国の財政基盤が銀だったのである。

 

ちなみに、銀閣寺は入園券がお札であり、入園するとついでにお札までもらるから、別に買う必要がないのもある。

(銀閣は退園時にお札の返却場所がおせっかいに設けてあるが、それはトラップである)

 

「総工費ゼロ」(余り物で作れた)

 

足利義満もビックリである。

 

柔剛2

JUGEMテーマ:歴史

 

「柔よく剛を制す」

この言葉は日本人一般の世間で認知されている。

 

元々は、中国の武系七書の言葉であり、全部書くと以下になる。

「柔良く剛を制す、剛良く柔を断つ」

 

さてさて、柔剛どっちがいいのであろうか。

 

柔道をやっている人は、この言葉にほくそ笑むのであろうが、

本当の意味での白兵戦(白刃ー即ち刀槍の世界)では、全く当てはまらないのである。

※機動戦士ガンダムのホワイトベース内作戦では、ブライト艦長が「白兵戦」をのたまっているが、あれは銃撃戦である。

 

戦国一の実践的剣術は、薩摩の示現流である。奇声を上げて、全く防御を考えず腕力で上から叩き切る。単純明快腕力の技である。速力は筋力と比例するのはスポーツ界の常識なので腕力に裏づけされた速力で振り回される剣術に他の剣術は実戦(合戦)では太刀打ちできなかった。

また、「仏を殺して仏になる」と言った最強の剣術家宮本武蔵も、巌流島では、単に腕力にものを言わせて船の櫂で、佐々木小次郎を遠距離から撲殺している(まあ汚いよな・・・あの頃は剣術家の敗北は死を意味する「死合い」なのだ、勝敗に綺麗ごとはない)。武蔵は片手で剣を扱えるほどの人並外れた剛腕であり、二刀流なんぞ普通の人には不可能なほどの腕力なのである。

そう、単に白兵戦は「剛」の技である。張飛最強なのである。

(※ちなみに武蔵は頭も良くて、衰えてきたことを自覚したら全く死合いをやらなくなり人生を全うした)

 

では、何故冒頭のような言葉が存在するのであろうか。

多くの人は原典を知らないが故の、誤解が存在するからである。

 

原典は、柔道ではなく、中国春秋戦国時代の古書なのである。

諸子百家、すなわち、弁説をもって官吏登用が盛んであった中国の時代、多くの弁論家が諸侯に対して、国家存続発展の方法を弁説でもって説いたのであるが、その一説がこの「柔良く剛を制す、剛良く柔を制す」の言葉なのである。

であるからして、肉弾戦での闘争に対する言葉ではそもそも無く、国の存続発展のための政治的な言葉なのである。

 

続きがあって、「剛強ならば必ず滅ぶ」とある。

これは、白兵戦では全く当てはまらず、国の政治において適応すべき言葉であって、悪い言葉でいえば匹夫の勇は、剛強であればすわなち勝利し生き残るのである。

 

「技は力の中にあり」これは正しい。

 

テープのべとべとの落とし方

テープやシールを剥がし損ねた時のベタベタ・・・。

 

触ると、ねちゃ・・・という手の感触がするし、

雑巾でごしごしこすると、広がるだけで落としきれない厄介な代物。

 

特に古いテープ類を剥がすときには、これはどうしても残ってしまう難物である。

 

このような、大きな生活上の問題に対して、政府もメーカーも対応する製品や情報を提供してくれないのが、世の中の現状である。

 

特に、個人売買による中古市場の拡大に伴い、一般市民のねちゃねちゃ対応の不快感と時間的損失は莫大なものである。

 

そういうことで、これを解決する方法を探ってみた。

 

↑中古で購入した機械器具

 

上記には下部にシールの剥がし損ねのノリが粘着している、これを自動車用のピッチクリーナーで落としてみた。

 

↑単に余った古い自動車用ピッチクリーナー

 

これを使って、キッチンペーパーでごしごしふき取るのである・・・。

 

 

ピカピカになりました!!

 (上部の白いのは単に蛍光灯やけてしてない部分です)

 

 

おわり。

 

トップボックスのGIVI的LED化

JUGEMテーマ:車/バイク

 

GIVIのオプションであるブレーキランプLEDはLEDを取り付けても、脱着が可能である。

これを、別の安いトップボックスで実装してみた。

 

↑ 完成後はこんな感じ。

 

しかし。大きな問題は、「脱着可能化」である。

単にLEDをTOPBOXに実装するのは簡単である、これをいかににGIVIのように脱着可能にするかが難しいのである。

 

ボールプランジャーという部品を利用してみた。

 

これは、ボルトの先端にバネ仕掛けの銀玉鉄砲の弾みたいなボールが先端に仕込んである。

従って、先端部はバネにより約2伉度の沈み込みが可能であり走行時の震度や端子のずれなどもOKである。

こいつを電気の端子に利用する。

※必ず安い鉄製のものを利用するように、錆びないからといってステンレスやアルミ製などを高い金で購入したりしたら、普通のハンダがのらないので、ステンレス用の超高額な専用ハンダまで買うことになるのである。

 

↑ボールプランジャーをこのように台側に実装する。端子間が狭かったので安全のためボンドで補強して、ビニールテープと熱圧縮チューブで保護してある。もちろん、ナットとボールプランジャーは振動で緩まないようネジロック剤で固定。

(ビニールテープも100均とかMonotarouブランドとかの薄い安いものが好ましい。スリーエムとかの高級品をまかり間違って使用しようとしたら、厚みが若干厚手なので、絶縁性は優れているが端子間にうまく入ってくんない可能性がある。だったら安物を2重にすれば良いのである、端子間に距離があり厚みのあるテープが利用でき絶縁性を重視し金があるなら(といってもたかだか12Vだが)高圧で良く利用されるエフコテープを使えばいいのである)

 

大きな問題は、ボールプランジャーの後部側と配線との接続であるが、これは半田づけでやる。

黒いさび止め塗装がじゃまで半田がのらないので、塗装を一部リューターで削る(鉄やすりでもOK)のがポイントなのである。

 

なお、写真はACC、リアブレーキ、バッテリーマイナス側 の端子となる。

 

一方BOX側は

 

上記のようになる。単にボルトとナットとワッシャーである。

(やっぱり端子間が狭すぎたので、振動でくっつかないように小細工してます)

なお、より線を利用する場合には、剥いた線の先端部をハンダ付けしてねじで締めつけた際にばらつかないようにすると綺麗にまきつけることができる。

 

これをリアキャリアに取り付けて、ガッチャンコするのである。

 

※追記。ボールプランジャー側のねじロック剤はナットを装着してから後で垂らす。なぜなら、がっちゃんこしたときに上下端子間の隙間調整が必要でボールプランジャーを上下させるからである。これには必ずテスターで通電チェックが必要である(だからテスターは通電チェック機能付きの、グレードが普通のものが良くAmazonで300円のものでは役不足である)。

(必ず上記の通りにやらなくても良いのであるが・・・)

 

おわり。

 

論理的不整合による教化

JUGEMテーマ:心理学

 

論理的誤謬(不協和のが有名か)。認知心理学で使われる用語である。

要するに、現実にそぐわない思考様式のことである。(詳しく知りたい方は関連書籍参照)

 

今回は、論理的不整合を誘う論理を敢えて論理的の中心にして話題にすることにより、相手を納得(というか反芻できない状況にして教化する)手法の話である。

 

参考文献は、「最終戦争論」石原莞爾著。である。

 

石原莞爾は関東軍にて満州事変を主導したということで、一般的に悪人とされているが、参謀としては東京上空の防衛が全く不可能なことを察知していた、秀才であることには違いない。で、書籍最終章をみると、日蓮宗の論理を展開して、記者の質問にたいして、宗教論理で回答している部分がある。

これを見ると、一般的に利用されている常識や科学的論理に対して、絶対から生まれる宗教理論を展開されると反芻不能になることがわかる。何故なら、絶対から生まれる理論は、同様に絶対に正しいという世界のお話なので、その論理世界内に生きている者はもとより、ほかの論理的思考世界に生きている者も別次元の論理に対して、歯車が食い込むようには反芻ができない。行ってみれば、つるつる滑る球面に対して、歯車を食い込ませようとしても、球面はうまく回ってくれないのである。

 

結果として、よくわからないけど、「うーん、そうだね」と思ってしまうのである。

 

もっと、身近な例として、

人気のポッドキャスト「バイリンガル・ニュース」の最新のお話、384.特別編「ヨガマスターの話」を聞いてみよう。

 

マミもマイケルも、インテリと評して良いほど、さまざまな事象の造形が深く、特にマミは心理学に造詣がある人物である。

しかしながら、怪しいネパール人のヨガ話に、よくわからないながらも「うーんそうだね」という感じで英語で反応している。

言葉のトーンを聞けば、本当に心から理解しているのか、頭で上っ面で納得しているのかがよくわかるが、この場合は、石原莞爾の理論と同様の展開(すなわち宗教的論理)であるから、現実界の論理しか知らない者に対して、まったく別次元から反芻不能な論理を展開している、だから「ふーん」となるのである。

具体的には、宗教的世界観を付与されたヨガとフロイトの心理学を織り交ぜた論理展開であるが、フロイトは現代心理学では宗教と揶揄されて科学的治療価値は他の手法と比較してはるかに劣るのである。要するにほぼ100%宗教のお話なのであるがこれに気付かないから「ふーん」となるのである。

 

すなわち、この場合は、おとぎ話を聞いているにすぎないから、そのように対応すればよいのであるが、「権威」というものを付与されたものが、このような論理展開をすると、頭でっかちなインテリほど真面目に反応し納得してしまうのである。

その意味では、オーム真理教も同様のインテリにたいする教化手法を展開していたのであるが・・・。

 

悪には悪の考え方を知るものでないとその試みの根源はわからないものである。というか本当の頭の良さとは勉強ができることだけではなく、思考回路や考え方の多様さも含まれるものだと思うのである。

 

オーディオ用抵抗 頂上対決!(お小遣いで手に入る程度の)

JUGEMテーマ:オーディオ

 

(お小遣いで手に入る程度の)

オーディオ用抵抗 頂上対決!

 

とうことで、

アッテネーターに利用する抵抗を比べてみました。

 

「抵抗器なんて、そんなに変わるもんじゃない」と思う方々。あなた方は普通の考えをもってらっしゃいます。よほど品質の悪いものを使わない限り、そんなに変わりません。

 

しかし、趣味性の高いオーディオという世界では、化粧品のパッケージが高級になれば中身は同じでも高く売れるのと似たようなもので、何が音という感覚に作用するか、プラチナナノコロイドを入れてみたらどうなるのか?っていうような感覚で微妙な音質の変化が重要になったりします。

 

そういうわけで、3つの代表的な抵抗器を比較してみました。

1.Mundorf 酸化金属皮膜抵抗器

2.DALE NS-2B(3W)無誘導巻き抵抗器

3.セメント抵抗器(オーディオ用標準品)

 

前提として、アッテネーターはマルチ型スピーカーの各スピーカーユニットの能率を調整して全体としてまとまりのある音を出すためのからくりです。フルレンジのスピーカーならそんなものはいらないし、音質に対しては通常悪影響しか与えないものになります。だから、オーディオ用の場合は、いかに電気信号を劣化させずに熱損失させるかという矛盾した機能が、その抵抗器に必要な性能となります。

↑ ホーン型スピーカーの背面 アッテネーター部

(右側のロータリースイッチ背面に エントリーした各抵抗器を設置した状態。)

 

L型アッテネーターを利用してますが、緑色のMundorf抵抗器だけはマイナス側もMundorfを利用してます(マイナス側なので大きな影響はないでしょう、たぶん)。

 

SACDクラシック(ブラームス)

1.SNが良い落ち着いた音質。比較の問題だが、セメント抵抗器と比べると明らかに雑味と歪みが少なく感じる。

2.同上

3.やや他の抵抗器と比べると雑味が多い。

 

JAZZ ニーナ・シモン

1.やはりSNは良いが、若干JAZZの勢いを削いでいる感じ。

2.Mundorfよりかは勢いがあるか?僅少の差でよくわからない。

3.価格差を鑑みると、セメント抵抗でもよい感じ。雑味はあるが演奏の勢いは削いでない。

 

ロック

1.ほぼ変わらない

2.ほぼ変わらない

3.ほぼ変わらない

 

バルトーク バイオリン協奏曲1 ←決め手になった音楽ソース

1.バイオリンの音がDALE抵抗器とは異なって聞こえる、やや細い。

2.比較の問題だがバイオリンの音はMondorfより豊かさあり。

3.比較の問題だが、やや雑味あり。SN悪し。

 

 

 

<総評>

1位 DALE NS-2B

2位 Mundorf 金属皮膜抵抗器

3位 セメント抵抗器

 

ちょっと意外な感じを受けた。

+とー側で一致させた抵抗を利用した、Mundorfが一番良いという先入観を持っていた(その大きさからも)が、ちっこいDALEの無誘導巻き抵抗器のほうが、音の勢いを削いでいる感がなくよかった。Mundorfに難点があるとすれば、真面目過ぎる音質なのである。SNが良く、良くまとまっている音質を聞かせてくれるのであるが、ロックやJAZZになると、セメント抵抗のほうが良いのではないか?と感じる時があった。

これは、音楽は芸術の手段であり、その表現にロックのよう(一部のJAZZも)に音をわざと歪ませたりして、その音楽性を表現しているものまで、折り目正しくしてしまう感を感じたからである。

しかしながら、生の楽器の音を聞かせるクラシック系になると、俄然、セメント抵抗器は劣る存在である。

一方、DALE NS-2Bは音楽性を比較的あまり削がないでうまく電気的損失をかけているように感じた。決めてになったのが、バルトークのバイオリン協奏曲1番で、このソースに関しては、バイオリンの生の音が悪いと聞けたもんじゃない曲だから、雑音や歪み、スコーカーの周波数から出る音が明確にわかるのである(ホーンスコーカーの場合、バイオリンの周波数は主にスコーカーから出ます)。このソースだと、びっくりしたのが、バイオリンの音質の違いが、違うバイオリンを使っているかのように(といっても意識して聞き分けなければわかりません)、MundorfとDALEでは異なって聞こえるのである。結果は総評のとおりである。

 

※注意:アッテネーターは利用しないにこしたことはないので、あえて抵抗器を使う必要はありません。また、ロックやJAZZしか聞かないのであれば、セメント抵抗器でもいいんじゃないかと思います(逆に音の歪みが音楽性を増す場合があるので)。

 

ネットワークの改造ってどうなの?

JUGEMテーマ:オーディオ

 

ONKYO E-83 MK3 のネットワークの改造。

 

↑ フィルムコンデンサ化したネットワーク部

 

上記は、もともとあった電解コンデンサーをフィルムコンデンサー化したネットワーク。

単なる置き換えなので、巨大なフィルムコンデンサーは置き場所がなく、宙に浮かせてセットしてます。

 

どうも、コイルもコンデンサーも振動がよろしくないということが判明したので、作り変えてみました。

 

↑ 手書きのリバースエンジニアリング設計図

  (0.31mHコイルからは2.2μFコンデンサー上の接続点に接続してます)

 

よくわからないのが、固定抵抗で

ツイーターに直列抵抗1Ω

ホーンスコーカーに、8Ωと4Ωの回路があります。

 

↑ 各LCRを板に固定化したネットワーク

 

フィルムコンデンサはヤフオクやAmazonで購入した安物(だけど電解よりはるかに高価)。

抵抗は、専門店で購入したオーディオ用無誘導巻き抵抗。

 

抵抗 600x3 =1800

コンデンサとネットワーク用電線 2500円位

片側で4300

両側で8600円位費用がかかってますね。ちまちま改造して結果として結構な費用がかかりました。

 

音的には、電解→フィルムコンは驚くばかりのクリア感が向上。

セメント抵抗→オーディオ用無誘導巻き抵抗は、ホーンツイーターの高音域のきつさが取れて聞きやすくなる。

ツイーターへの採用で気を良くして変えてみた、ホーンスコーカーへの抵抗変更は明確には変化がわからない感じです。

(しかしながら、この無誘導巻き抵抗は音を聞きやすくするような感じがして好感が持てる品物です(主観ですが))

また、LCRを固定化した場合は、アンプやスピーカーの振動対策の結果と同様に、低音がしっかりして音の粒立ちが良くなったようです。

 

まあ、機械的な測定値ではないので、聴感的に明確にどこかどう良くなったと断言できるのは、フィルムコン化とツイーターへの直列抵抗を無誘導巻き抵抗にしたことですが、それ以外の工夫が総体として全体の音質をグレードアップさせているという感じになりました。

 

自分で作り込むと構造もわかりますし、愛着もわきます。

気に入ったスピーカーならやってみる価値はあるでしょう。

 

AB級オーディオアンプのコンデンサー交換ってどうなの?

JUGEMテーマ:オーディオ

 

 

今回は、マランツのオーディオアンプのコンデンサー交換の話。

 

コンデンサーは各種電気機械製品の中で利用されているが、製品寿命があり次第に性能が劣化していくと言われる。

いわば、無機物の合成品なように見えて、実は「生もの」なのである。

 

禅的に言うと、生ものには旬がありそのあとは枯れていく運命にある。

 

通常は、想定された製品寿命まで各部の機能が保てばいいわけであるから、一般的に問題視されることがないコンデンサーの劣化であるが、趣味性の高いオーディオという分野では、考え方が異なる。

 

家庭用オーディオは機能が保てれば十全というわけではなく、ユーザーを感動させることが目的である電化製品だからである。

 

そこで、コンデンサーの劣化によりユーザーを感動させる能力も衰えていくものなのであろうか?という疑問を解消するために、20年前のアンプのコンデンサーを交換してみたのである。

 

↑ コンデンサー交換前のメイン基板

 

マランツのアンプには、エルナーというその方面では最も評価の高いメーカーのコンデンサーが採用してあったが、同会社のコンデンサーは一般コンシューマーには手に入りずらく、また2倍以上する高価なものであったため、若干不安があったが、国内最大手のニチコンというメーカーのオーディオ用コンデンサーにほぼ換装した(電源部と音声信号通過部分)。

 

↑ 平滑用のブロックコンデンサー以外を交換

 

また、少量のフィルムコンデンサーを電解コンデンサーに対してパラレルで接続するという方法が流行っているらしいのでやってみた。

 

結局主観になるのであるが、音は良くなる。

演奏に躍動感が付与された感じである。元々の性能がやはり戻ってきたという感じである。

 

言い換えてみれば、トレーニングジムの筋トレマシーンをするときに、筋力と筋持久力が足りないので戻すときにやや荒っぽくなり、「ガシャ」とウエイトを落としてしまってたのが(初心者はやりがちです)、筋力と筋持久力が若干付与されたために、同じ重さでも「カチッ」っと丁寧にウエイトを落とせるようになった感じである。

そういう末端音的な粗さが細やかになった感覚なのである。

 

さらには、流行りのフィルムコンデンサーのパラレル接続であるが、聴感的にはボーカル等で多用するスコーカーの音声が艶っぽくなった感じである。これには若干驚いた。1個10円くらいの少量のフィルムコンデンサを追加するだけで聴感上の良好な変化が発生したのである。

 

いずれも、劇的な変化ではないがHi-Fiオーディオといわれる分野になるとこの微妙さで数万円の価値があることも確かなのである。

 

材料費 約2000円(ニチコンFG FW MW フィルム0.1μF 利用)

 

でも、1万円以上出す価値はないと個人的には感じる。(だったら中古のダイヤトーンを買ったほうが良い)

スピーカーの交換は音の劇的な変化が生じるが、アンプのコンデンサーあたりでは、壊れてもない限り、結局そんなに変わらないからである。デジタルアンプも音が良くなってきたことであるし。

また、アンプよりもスピーカーのネットワークをフィルムコンデンサー化するほうが同様の手間と費用では効果が高いと感じた。

 

末尾であるが、

アンプのコンデンサー交換の作業は、ハンダの練習と電気回路の勉強にちょうど良い素材である。そのような目線で実施するのであれば、授業料も格安で非常に益のある作業である。(ただし火事には注意してね)

 

勤め人とフリーランスの借金

JUGEMテーマ:資産運用

 

「借金」

金を他人から借りることであるが、そのネガティブな意味を薄めるために商人は慣習的に横文字を利用する都合上、これを「ローン」とか「リボ」とか「キャッシング」と呼ばれる。

 

社会人になるり勤め人になると、一般的にこの「借金」が容易になる。金融機関は「信用」という都合の良い呼称を利用し消費者を奉っている外観を呈する。貸金も所詮商人であるがゆえに、お客様を奉るのは商売の一環なのである。

 

考えてみると「信用」というのは物的担保以外に、借入金を返せるあてのことであり、当事者になにか不穏なことがあった場合でも確実に回収できる可能性が高いと判断された顧客程この「信用」という呼称の、回収可能性が高いと金融機関に判断され、より沢山、長期の借入れが可能となる。

 

しかし、誤解してはいけないのだが、この「信用」が高いということが、当事者の社会的ステータスであるとか世間的な地位の向上であるとかいう考えは捨て去ったほうがいい。そういうイメージを抱かせるような広告や言い回しを金融機関はしてはいるが、それは単に、利益を享受する側の商売上の都合であり利益を失う側の消費者のメリットはない。

 

歴史的に見て、借金は貧民を債務奴隷化して隷属させる手段となる場合が多い。その結果、田畑を失い、娘を売り、全ての財産を失った挙句小作化するのである。小作化した貧民はさらに地主に地代を搾り取られ際限なく貧困化(というより奴隷化)が進行する。

ヨーロッパで言う、農奴はこれよりさらに、教会に10分の1税を徴収される。荘園の場合には荘園領主と、当時ヤクザみたいな武士との両方に年貢をむしり取られる(日本の場合には宗教組織からの強制的徴収は歴史の教科書にはないようだ)。

 

そういうわけで、借金というのは、結果的に物理的移動の自由を制限される拘束性を伴う(貸金業者の債権回収のため)場合があり、それをもって、ヨーロッパの農奴制に似た様相を呈すことがある。ちなみに、農奴の場合には教会からの徴収も伴ったからもっと悲惨であるが。日曜日は教会へというのは、信販会社への週一の借金返済の目途の連絡と同様であると感じるのは自分だけかも・・・。

 

前置きが長くなったが、

「信用」なんでゼロのほうがいいってことである。

借金がそもそもできなければ、債務奴隷化する可能性がない。努力せず、手近に金が手に入るとなれば、だれしもその欲望に抗うのは相当な意思の強さが必要である。それはお腹が空いたときに、面前の茶碗の飯に手を付けるなと言っているのと同じである。

だから、そもそも借金ができないほうがいい。そういうわけで「信用」がついてしまう勤め人はやらないほうがぞもそも良いと感じるのである。

 

70年代のスピーカーシステム

JUGEMテーマ:オーディオ

 

 

70年代のマルチ型スピーカーシステムについて、

 当時の物価価値から言って、今の金額では大変高価になる物量が投入されたスピーカーを中古で買うのは魅力的な選択である。

(だからといって、最新型のような反応の良さやワイドレンジを求めるのはそもそも誤りである)

でも、問題は外見からは判断できないネットワークユニットである。まず100%電解コンデンサを利用したネットワークは腐っている。

 一部の中古屋では完全に腐っているネットワークが入ったスピーカーを正規中古品として販売しているのは、音出ししてないか、店員の耳が腐っているか、バイトが適当にやっているからに違いない・・・。

 

 

↑ ONKYO製ネットワーク

 

↑ 2.2μFのチューブラー型電解コンデンサが8.71μFになっている

 

設計誤差を超えた部品が入っているスピーカーが良い音がするわけがないので、結果、高音ばっかりキンキンがなり立てる古臭いおんぼろスピーカーにしか見えないのである。

そして、「やっぱり古いスピーカーよりも新しいもののほうが性能がいいんだね!」というふうに妙な納得をしてしまう。

 

↑ 改良ネットワーク

 

そういうわけで、コンデンサと抵抗と配線をオーディオ用高品質なものに変更してみる。

(実は分流用アッテネーターの抵抗も変えてあるのであるが、これの効果は微妙か・・・)

・電解コンデンサ→オーディオ用フィルムコンデンサ

・セメント抵抗→オーディオ用無誘導巻き抵抗(電磁誘導が発生しないように互い違いに電線を巻いてある抵抗ー磁界を打ち消す)

分流用抵抗でなくツイーターへの直列抵抗なのでここに特に良い抵抗を入れると耳でわかるくらい音質が変化する。

 

そうすると、ガラリと音質が変化するのが体感できるのである。

本来持っていた性能が賦活し、デカいだけのおんぼろ70年代の置物は、費用対効果の高い音響装置に変化する。

 

やはりマルチ型や大型スピーカー(特にホーン型)のように、物量を投入するとどうしてもコストがかかるのである。これは、デジタルアンプや小型スピーカーではどう頑張っても到達しえないオーディオの境地なのである。